母のタンスに収められていたいやらしい本は100冊近くあって、数年間にわたって私を楽しませ続けた。母が選んで買い集めたであろうそれらの本には、男性の姿が収められたページはほとんど無く、セーラー服を着た女子高生が出てくるものばかりだった。私は、母に似たのか変に几帳面なところがあって、左端から順番に読み進めていった。気に入った写真があると何度も見て繰り返しオナニーするので、1冊がなかなか進まないということもあった。
お気に入りだったのは、アソコの毛が透けている白いスケスケパンティ。制服のお姉さんがパンティを舐めたり口に咥えてオナニーしているのもとても興奮した。
小学3年にもなると読める漢字も増え、意味がわかって内容が理解できることが多くなり、同性である女性への関心がどんどん強くなっていった。この頃には、私の性愛の対象は、ほぼ女性に固定されつつあったと思う。
小学4年生、10歳の秋に初潮が来た。学校の初潮教育は2学期の後半に予定されていて、間に合わなかった。母からは3年生の時に「女の子はお股から血が出るようになるから、そうなったらすぐに言いなさい。」と教えられていた。
翌日、いつもより早く帰宅した母とイトーヨーカドーに行った。
2階の下着売り場。母はまっすぐ女児下着のコーナーへ行き、ぐるっと商品を一瞥するとそのまま大人用の売り場に向かった。「いいのがないわ。」母はつぶやくと1階の薬局へ向かった。「やっぱりこれがいい。大人用だけど、真唯はお尻大きいから。」お母さんも同じ?と聞くと「お母さんはあんまり穿かないのよ。よっぽど量が多いとか、寝るときとか。ほとんどタンポンといつものパンツに2日くらいはナプキン。」ピンク色のサニタリーショーツ6箱、20枚入りのナプキンを5パック買ってくれた。
家に替えると、ナプキンの付け方、サニタリーショーツの穿き方を教えてくれた。寝る前、起きてすぐ、昼間は2~3時間ごと、多いときは小まめにナプキンを替えるように言われた。トイレにある箱に、ナプキンを丸めてから新しいナプキンを出した後のパッケージで包んで捨てることを守るよう念を押された。はじめてのそれは、モコモコとした感じで落ち着かなかった。真唯はお尻大きい。母に言われた言葉が気になった。
母の帰宅時間の関係で、いつも祖母と一緒か、ひとりでお風呂に入っていた。
5年生になったある日、脱衣所でお風呂の準備をしているとバタバタとした様子で母が入って来た。
「あら。お母さんも入らせて。」「うん。」
母がブラウスを脱ぐと、乳首が透けて見える白いブラジャーが目に飛び込んできた。生唾を飲み込むという経験をはじめてした。パンツの中でアソコが熱くなっていく。母は私に背を向ける形になって、黒いタイトスカートを下ろした。白いガーターベルトと肌色のストッキング、お尻全体を包むピンクの生理用パンティが露わになった。パンティに透けてナプキンが見えた。どうしても前が見たかった私は、洗面台に用事があるふりをして前に立ち、鏡越しに母の姿を伺った。パンティに黒く広い茂み。私の中は濡れ始めていた。母は脱いだ下着を次々と洗濯かごに放り込んだ。
「何してるの?風ひくわよ。早くしなさい。」
母の下着の上に被せるように、自分の衣服を洗濯かごに入れた。
浴室に入ると母は髪を洗っていた。先に湯船に入るように言われ、無言のまま急いで体を洗い、湯船に浸かった。母との入浴は初めてと思うほど、記憶になかった。母は丁寧に体を洗い、カミソリで脇と足を剃っていた。アソコの毛はそのままだった。
母と交代して、シャンプーした。
「真唯もブラジャーがいるわね。」
「そうなの?」
「乳首痛くなったりしない?」
「うん。」
体を洗いながら自分の乳房を見た。胸の膨らみに比べて乳首が大きいと思った。
母は先に上がっていった。

